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今夜の番組チェック


曖昧な距離



第5話 0.03.30





 頭がずきずきと痛んで、マイクロトフは目が覚めた。
 躰の節々が痛い。目を開くと、自分が床の上に寝ていることに気づく。
 ベッドから落ちたんだろうかとぼんやり考えていると、鳩尾のあたりに鈍い痛みを感じた。
 そういえばと思い出す。ゆうべカミューに告白をして、そしてその躰を抱きしめた時、手痛い反撃を食らったのだ。
 拳に膝に手刀。見事な攻撃にいっさい身を守ることもできずにその場に崩れた。唯一覚えのない頭の痛みは、転んだ時にでもぶつけたのだろうか。
(カミュー…)
 彼は、相当に怒っていたようだった。それも当然だろう。今更謝って許してもらえるかどうかはわからないが、とりあえず努力はしようと身を起こそうとして、それが叶わないことを知る。
「……?」
 もぞりと躰を動かし、マイクロトフは縛られている自分に気づいた。
「………カミュー」
 思わず、目を閉じて呟いてしまう。
 普通、ここまでするか?
 いや、突然襲いかかったに等しい自分である。カミューにしてみれば当然の自衛手段なのかもしれないが、まるで信用されていないらしいことに少し悲しくなった。 
「……起きたか?」
 唐突に声をかけられ、マイクロトフは転がったまま顔を上げた。
「…カミュー」
 すでに着替えをすませ、友人はベッドに腰を下ろしていた。
 彼は確実に怒っていた。冷たい琥珀の瞳がそれを証明している。これまで、マイクロトフに対しては向けられたことのない視線だ。そのことに胸が痛んだ。
「ごめん…その……」
 とっさに謝罪を口にすると、
「悪いことをしたという自覚はあるんだな?」
 皮肉にそう返される。
「それは…ああ。カミューの意志を確認もしないで抱きしめようとしたことは、確かに悪いことだったと思う」
「意志の確認をしなかった? 私の態度からそれを察することができなかったとは言わせないぞ。おまえはそれを無視して暴挙に及ぼうとしたんじゃないか」
「……」
 容赦ない糾弾に、返す言葉もない。
「最低だ」
「……ごめん」
 謝るしかない。
「謝罪ついでに、昨日のあれを取り消してくれないか」
「…あれ?」
「あの馬鹿げた告白とやらだ」
 怒りの冷めていない口調で言われたが、それには頷くことができなかった。
「それは…できない」
「できない?」
 尻上がりの口調と細められた目が異様な迫力を生む。
「あ…ああ、できない。俺は、俺の気持ちに嘘はつけないから…」
「そうか、ならおまえとのつきあいもこれまでだな」
 あっさり言われ、マイクロトフは自由にならない躰を無理矢理引き起こした。
「カミュー!」
「当然だろう。おまえは私に告白した。私はそれを拒否した。なのに今までと同じ友人関係が継続できると思うのか?」
「………」
 茫然とするマイクロトフに、カミューは大きくため息をついた。
「マイクロトフ、おまえは、告白の結果がどういうものになるか、まったく考えていなかったのか?」
「………なかった」
 ただ想いを伝えることしか頭になかった。
「告白を受けて私がどんな気持ちになるか、お互いどれほど気まずいことになるか、まったく考えなかった?」
 ―――なかった。
「まさか、私が受け入れると思っていたとか言うんじゃないだろうな?」
「そ、そんなことはないっ」
 それさえも考えていなかったのだ。ただ本当に、自分の気持ちをカミューに伝えたい、それだけだった。
「………おまえらしいと、言えなくもないか」
 マイクロトフの反応に脱力したように、カミューは大きく息を吐き出した。それから忌々しげに眉を潜め、マイクロトフを縛ったタオルをほどいてやる。マイクロトフはようやく自由になった手首をさすりながら、カミューに礼を言った。
 縛られていた自分が、縛った相手に礼を言うというのも変なのだが、そんなことは頭になかった。
「とにかく、おまえが前言を撤回しない限り、おまえとの交友関係は終わりだ」
 ふたたびベッドに戻ってそう告げるカミューに、マイクロトフは立ち上がってかぶりを振った。
「撤回はできない」
「なら絶交だ」
「それもだめだ」
「勝手を言うな!」
「勝手でも何でも!」
 ずいと詰め寄るマイクロトフに、カミューが身を引く。警戒心を剥き出しにしたその態度に、マイクロトフはどうしていいかわからないように両手を何度も開閉させた。
 自分がいかに虫の良いことを言ってるかは自覚している。だが、この想いを受け入れてもらえないにしても認めてはほしかったし、今まで通りカミューの傍にいたかった。友情だった時も恋だと自覚したあとも、これだけは変わらない。カミューから離れることはできない。
「勝手なのはわかってる。でも俺は、カミューの傍にいたいんだ」
 ひたむきとも言えるマイクロトフの視線に、カミューは何を思ったのだろう。大きく―――大きく息を吐き出して、彼は目を伏せた。
「おまえ…本当にわかっているのか?」
 何をと明確に示していない問いに、マイクロトフは答えることができなかった。
「勘違いしているだけじゃないか?」
 改めてそう問われ、マイクロトフは眉を潜めた。
「勘違い?」
「そう。おまえ、恋愛感情っていうのがどんなものか、わかってないんじゃないのか? 確か初恋もまだとか言ってたろう。だから年中傍にいる私に…」
「違う! 俺は本当に…」
「本当かどうか、比較対象もないくせにどうしてわかる?」
 わかる。わからない方がどうかしている。カミューに対して抱く欲望は、彼を夢想して不埒な真似をしでかすほど大きなものなのだから。
 しかしそれを告白したら、今度こそきっぱり絶縁されそうなので、マイクロトフは黙っていた。
 だが、カミューはそれを察したらしい。嫌そうに顔を顰め、
「私は女じゃないんだぞ」
 そう言ってマイクロトフを睨み上げた。
「こんな見てくれをしているから、馬鹿な勘違いをする奴は多いみたいだけど、それでも私は正真正銘男なんだ」
「そんなことはわかってる」
「じゃあ、もし私がおまえみたいな外見をしていたら、それでも私を好きだと感じたか?」
 それは意味のない問いだと思った。
「カミューは…その姿もひっくるめてカミューだろう?」 
 おずおずと問い返すことでその無意味さを伝えると、カミューはきつく唇を結んだ。
 外見だけを好きになったわけではない。女のように見ているわけではない。
 それでも、惹かれる要素にその美しさがまったくなかったかといえば、そうとも言えないのは事実だった。
「多分、おまえは勘違いしているだけだ」
 もう一度そう言い切ったカミューは、おそらくそう思い込みたいのだろう。
 違うと、ここで否定しても堂々巡りだ。だから、マイクロトフは作戦を変更することにした。
「カミューの言う通りかもしれない」
 低く呟くと、それ見たことかと言いたげにカミューの表情が変化する。
「だけど、そうじゃないかもしれない。だから…」
 すかさず、そう続ける。
「見極める時間をくれないか。今まで通り傍にいて、それで考える。自分の気持ちがどういうものか」
「………おまえ」
 カミューは呆気に取られたようだった。
「ものすごく自分本意な提案だな」
 嫌そうに呟きながら、それでもカミューが頷いてくれたことに、マイクロトフは彼も自分との決別を望んではいないことを知って嬉しくなった。






第6話 0.03.31





 そう、何だかんだ言っても、カミューもまたマイクロトフという友人を失いたくなかったのだ。
 彼の傍らは居心地が良かったから。
 もっとも、告白なんて馬鹿げた真似をしでかしてくれたあとで、本当にこれまでと変わらない関係が続けられるかは疑問であったのだが。
 しかし、意外にもマイクロトフの態度は告白の前と後でそれほど変化しなかった。
 今まで通り、カミューについて回り、剣の勝負を願い出て、現在自分たちを取り巻く状況や将来について熱い口調で語りかける。
 それがあまりに「友人」としての彼そのままなだけに、あるいは本当にマイクロトフは勘違いをしていただけなのではないかとカミューは思い始めていた。
 しかし、そうではなかった。マイクロトフはマイクロトフで、ただ必死の自制をしていただけなのだ。
 そしてそれを可能にしたのは、朝に弱いカミューの性質だった。




 以前、カミューが言っていた。同室の人間に寝顔を覗かれていたことがあると。
 その時は単純にカミューの安眠を妨害する輩に腹を立てた。
 しかし現在は多少状況が違っている。
 気持ちはよくわかると、そう思っていた。何しろマイクロトフ自身、こうしてベッドに肘をついて、カミューの寝顔を飽きることなく見つめているのだから。
 一年前、カミューは四人部屋で周囲に警戒しつつ生活していたらしい。しかしマイクロトフと同室になってからは、生来ののんびりした部分が出てきているらしく、夜は眠りが深いし、朝もけっこう遅い。
 それを良いことに、マイクロトフは毎朝こうしてカミューの寝顔を堪能しているのである。
 目を閉じていると、あの印象的な琥珀色の瞳が見れなくて残念だが、時にきつい光を宿すそれが隠れていると、一つ年上の想い人はとてもあどけなく見える。
 本人に告げたら蹴り飛ばされるかもしれないが、本当に庇護欲をかきたてるような、そんな幼い寝顔なのだ。
 もっとも、庇護欲は時に生々しい欲望に変化することもあるのだが。
 キスしたいと思ったことは数知れない。それ以上のことをしたいと思うことも何度もあった。そのたびに、誰も知らないカミューの姿を見る特権を失わないためにと自制した。
 いや、あるいはキスくらいしてもカミューは目を覚まさないかもしれないのだが、本人の意識がないのにそんな真似をするのはやはり卑怯だと思ったのだ。
 代わりといっては何だが、夢の中ではかなり大胆なことをしていた。夢に現れるカミューはいつも優しくてすべてを許してくれていたから。
 その夢を思い出しながら熱を吐き出すことを罪悪とは思わなかった。本人を押し倒すよりはましだろう。きっと。
 翌年、士官学校の最高学年になったマイクロトフたちは、やはり同室のままだった。今更部屋替えをして新しい同室相手に馴れている余裕などないためである。
 従者として騎士に仕えていた士官学校の生徒たちは、この年見習いに格上げされるのだ。それと同時に城で生活する時間がこれまでとは比較にならないほど多くなる。
 その際、白、赤、青の騎士団に仮の配属をされるが、そこでマイクロトフとカミューは別れることになった。
 カミューは赤騎士団に、そしてマイクロトフは青騎士団に籍を置くことになったのである。
 いまだ見習いの仮配属であるから、夜勤などが回ってくることは無論ない。だが、正規の訓練にも部分的に参加し、騎士としての心得や何やらを再度徹底的に先輩騎士から叩き込まれる生活は、身も心もくたくたにさせる。
 特にカミューは、いまだに注がれる好奇の目を跳ね返すためにも、他の見習い以上に気を張っているようだった。学業でも剣技でも誰よりも飛びぬけた才を示し、容色のみに注目が集まることを許さない。
 次第に彼の才能そのものに先輩である騎士たちは関心を抱き、目をかけてくれるようになった。
 そうなったらなったで、その評価が落ちないようにといっそう気を抜けなくなったらしく、カミューは部屋に戻ると疲れきった様子で、今までよりも更に深い眠りに落ちるようになった。
 一方マイクロトフは、訓練三昧の日々を嬉々として受け入れている。剣の指導はこれまでにないほど厳しかったが、真剣に自分の相手をしてくれる先輩騎士の存在はありがたかったし、筋がいいとかで誉められることも多くなった。
 元々体力にだけは自信があるし、青騎士団の空気にマイクロトフはすぐに馴染んだのである。
 士官学校での三年間。それはあっという間に過ぎてしまった。カミューに告白をしてからの後半一年と少し、自分の気持ちを見極めるための時間であったが、当然のことながら、マイクロトフの気持ちは決まっていた。
 最初からそんなことはわかりきっていたことだ。
 卒業と同時に、マイクロトフとカミューは従騎士として見習いの時と同じ騎士団に配属されることが決まっている。そうなれば、今までのように一緒に過ごせる時間は少なくなるだろう。
 だからその前にと、マイクロトフは改めてカミューにそれを告げることにした。
 好きだと。
 気持ちを見極めたと。
 しかし、先制したのはカミューの方だった。




「この部屋ともお別れだな」
 しんみりとした口調で言われ、マイクロトフは言葉に詰まった。
 明日、彼らは寄宿舎を出る。家に戻る者、城内の兵舎に移る者と様々だったが、とにかく三年間を過ごした場所と別れることになるのだ。
 明日の準備のためにと務めを早くに切り上げさせられ、マイクロトフは久しぶりに夕食をカミューと共にした。そして部屋に戻ってから、今夜こそ想いを告げようと彼は張りきっていたのである。
 しかし、先にカミューがそんなことを言い出したため、引き摺られるようにマイクロトフの心にも淋しさがよぎった。
「いろいろあった三年間だったが、思い出してみれば楽しいことが多かった」
「ああ」
「おまえのおかげだよ、マイクロトフ」
「……え?」
 向けられる微笑みの純粋さに、マイクロトフは何度か瞬いた。
「おまえという友を得ることができて、私は本当に幸運だったと思う。感謝している」
 ―――友。
 その一言が胸にずんときた。
「おまえと一緒に騎士となるべく精進した日々を忘れないよ。所属する団は違うが、これからもよろしく頼む」
 にこやかにそう言って差し出された手は、変わらぬ友情を望むものだった。
 あるいはと思う。
 カミューはもう忘れているのだろうか。あの日のマイクロトフの告白を。見極める時間をくれと言った彼の言葉を。
 いや、その答えがもうとっくに出たものだと思っているのかもしれない。何しろマイクロトフはあれ以降、そうした感情を匂わせることをいっさいしなかったから。
 だが違う。違うのだ。
 マイクロトフは焦った。
 確かにカミューの気持ちは嬉しい。これからも共にというのはマイクロトフ自身願っていることだ。だが違うのだ。マイクロトフが行きついた結論は、カミューが考えているのとは正反対のものなのだ。
 なのだが―――。
 マイクロトフは、差し出されたカミューの手を、握り返していたのである。
「…ああ、カミュー。これからもよろしく頼む」
 自分だけに向けられる信頼を、もはや裏切ることができなくて。
 それがカミューの牽制だとは気づけないまま、彼は「友」としての位置を再確認させられた。






第7話 0.04.02





 マイクロトフの気持ちなど、とっくに知っている。知っていて、カミューは友人の位置にとどまってくれることを願った。
 差し出した手は賭けだった。
 あるいはマイクロトフは拒絶するかもしれない。否定して、あの日のように自分の気持ちをカミューにぶつけるかもしれない。
 そうなったら今度こそ決裂だとカミューは思っていた。
 告白を受けたあとの一年とちょっと。そのあいだにカミューだって考えたのだ。マイクロトフとの関係について。
 友人としてのマイクロトフはかけがえのない存在だった。今となっては失うことなど考えられないほどの。
 だがカミューが男である以上、「恋人」として受け入れられる相手ではない。そのへん、カミューの意識は徹底している。
 そう、彼はごくごくまっとうな思考と嗜好の持ち主だった。人として、異性と愛を育み、次の世代を世に残すのは当然の義務だと思っている。
 もっとも、騎士として戦場に出るともなれば、その前に命を落とす可能性もあるのだが。
 それだけにいっそう、無駄で不毛なことに時間を費やす気にはなれなかった。
 それに、どう考えても同性相手に欲望を抱く心理は理解できない。以前マイクロトフに、自分がこうした容貌をしている故の勘違いの可能性を指摘したが、それは絶対に皆無ではないはずだった。
 要するに、潤いのない騎士団において、女性の代用品と見られているだけなのだ。愛情などはそこに介在していない。すべては錯覚だ。
 だから、マイクロトフの想いにもカミューはまったく応えるつもりはなかった。マイクロトフの方でも、カミューを友人として扱うことは十分可能なようだし、これ幸いと、現状維持の意志をぶつけた。
 果たしてマイクロトフがそこまで気づいたのかどうかはわからない。ただ彼はおとなしく、差し出したカミューの手を握り返してくれたのだ。
 友情のしるしの握手だった。



 従騎士から正騎士までの期間は二人共短かった。最初の試験に見事合格し、騎士として正式に叙位されたのである。
 やはり団が違う関係で、日中顔を合わせることはほとんどなかったが、カミューもマイクロトフも、共に城内の兵舎住まいであったため、時折互いの部屋を行き来することはあった。
 そして迎えた初陣。
 カミューの方がそれは早かった。
 赤騎士団の出兵が決まった時、マイクロトフはカミューの元を訪れ、無事を願う言葉を伝えた。
「武勲は祈ってくれないのか?」
 笑いながら応じる人に、それよりも無事をと考えてしまったのは侮辱だろうか。だがマイクロトフはカミューの髪の一筋でさえ損なわれることを厭った。
「大丈夫だよ。初陣でそんな無茶な戦闘を強いられることはないさ」
「それは…そうだが」
 それでも、言わずには言われない。
「無茶はするなよ」
「ああ」
「帰ってこいよ、かならず」
「もちろんだ、マイクロトフ。私はこんなところで躓くつもりはないんだから」
 その言葉通り、カミューは無事帰ってきた。しかも初陣にも関らず武勲を立てたらしい。その功績により、カミューは所属する隊を変えた。騎士となってわずか数ヶ月の異動は異例のことである。
 それからしばらくして、マイクロトフも初陣を迎えた。出立の前夜、部屋を訪ねてきたカミューは、黙ってマイクロトフに緑石のペンダントを差し出した。
「…これは?」
「お守りだ。母にもらった」
「そんな大事なもの!」
 慌てて突き返すマイクロトフに、カミューが笑う。
「くれるとは言ってないよ。貸すだけだ」
 そう言って、カミューはマイクロトフの掌にそれを乗せた。
 親指の先ほどある大きな緑石。疵一つないそれは、宝石の知識などないマイクロトフにも高価なものだとわかる。だがそうした価値だけでなく、母親から与えられたお守りだということにこそ意味があるだろう。
「大切なものだろう?」
「もちろんだ」
 応じて、カミューはマイクロトフの手にしっかりとそれを握らせた。
「だからちゃんと返しに来い。あの世に持ち逃げなんかしたら、許さないぞ?」
 ―――帰ってこいと、かならず帰ってこいと、握り込まれたあたたかな手からカミューの想いが伝わってくる。
 マイクロトフは不覚にも涙が込みあげそうになるのをこらえながら、それに頷いた。
 もっとも、お守りよりも、この場でカミューを抱きしめてキスをする許可をもらえたら、そちらの方が効果がありそうだとか考えたりもしたのだが、それは内緒のことである。
 そしてマイクロトフもまた、武勲を手土産に、カミューにお守りを返すことができたのだ。
 以来、ハイランドとの小競り合い、あるいは洛帝山のモンスター討伐、盗賊団の解体など、様々な任務の中で二人は功績を上げていった。共に順調に階位をのぼるかに見えたが、カミューの方が一歩先を行ったのは、互いの性格故のことだったろうか。
 頭の回転が早く、如才ないカミューは、与えられた任務を的確にこなし、上官の期待以上の成果を上げることが多かった。
 対してマイクロトフは、一本気な性格が災いして、上官の命令さえ無視してしまうことがあった。そのため、反感を、時に憎悪さえ受けてしまうことがあったのである。
 それでも、騎士として高い資質を持つ彼を愛し、あたたかく見守る目はあった。騎士団幹部にそうした理解者がいたことで、マイクロトフは途中で潰されることもなく、カミューに遅れつつもやはり昇進を続けていったのである。
 マイクロトフとカミューの関係は相変わらずだった。マイクロトフの想いに変化はなかったが、カミューの態度もまた変わらぬものであったため、「親友」という、ある意味最良の、しかし実は曖昧な距離に二人は在った。
 地位が上がるのと共に、周囲の評判も上がっていく。めざましい功績を上げる二人の青年騎士は、城下の娘たちの評価も高く、カミューとマイクロトフに近づくことを願う女性たちは数知れなかった。
 カミューは、そうした女性たちを無下に扱うことは決してしなかった。深い仲にまで進展することはさほどなかったようなのだが、それでも街を歩く彼の傍らにはかならずといって良いほど華やいだ存在があった。
 一方マイクロトフは逆に、徹底して彼女たちを避けて回った。相手に伝わってなかろうが、彼はカミュー一筋なのである。その姿勢をあくまで貫く覚悟であったから。
 そんな二人に変化が訪れたのは、士官学校卒業から四年後のこと。
 カミューとマイクロトフは、それぞれの団において騎士隊長の地位についていた。






第8話 0.04.04





 兵舎内で個室を与えられるようになってずいぶん経つ。騎士隊長に昇格した際に、それまでよりやや広い部屋を与えられ、カミューは喜んだ。
 別に贅を望むわけではないが、元々がグラスランドの広い空間で生活していただけに、周囲を壁に圧迫されるのが苦手だったのである。
 グラスランドを離れて八年。それでも、やはり変わらない部分はあった。
 部屋を移ってから、マイクロトフを招くことが多くなった。同じ騎士隊長とはいえ、率いる隊の序列の関係で、マイクロトフの部屋はカミューよりランクが落ちる。そちらよりは、カミューの部屋の方が寛げるから。
 それでも、マイクロトフの部屋で飲むことがまったくないわけでもなく、その日もカミューは交易商から手に入れためずらしい酒を手土産に親友の部屋を訪れた。
 しかし、約束していたにも関わらず、室の主は不在であった。おそらく任務が長引いているのだろう。
 その内戻ってくるかと、カミューは先に一人グラスを傾けていた。
 この時、実を言えばカミューは体調が万全でなかった。数日をかけて懸案となっていた書類を纏め、夕方にようやく解放されたばかりだったのである。
 睡眠不足と疲労が蓄積された体に、適度な酒は心地好い酩酊感を生み、カミューは気づかぬ内に眠りの中に引き込まれていた。
 約束の時間に相当遅れて、慌てて部屋に戻ってきたマイクロトフが見たのは、テーブルに突っ伏して眠る親友の姿だったのである。
「……カミュー?」
 肩を揺すっても、カミューは目覚める気配がない。
 明日はめずらしく二人揃っての休日である。だからこそ今夜一緒に飲もうと話していたのだが、こうなっては仕方がないだろう。
 マイクロトフはため息をついて、カミューを自分のベッドに運んでやった。
 仕事を終えたあととは言え、他団の兵舎を訪れるために、カミューは騎士服を身につけていた。その上着を脱がせ、楽なようにとシャツの襟を緩めたマイクロトフは、ドキリとして動きを止めた。
 酒のせいでほのかに色づいた、艶めかしい首筋を目にしたためである。
 我知らず、ごくりと喉が鳴った。
 カミューは完全に寝入っている。酒にさほど強いとは言えない彼のことだ、おそらく朝まで目を覚ますことはないだろう。
 ―――チャンスだと、頭の奥で声がした。
 それを必死に振り払う。意識のない相手に不埒な真似を働くなんてしてはいけない。
 理性はそう訴えかけるのだが、視線は白い胸元に釘付けになり、次第に躰の奥に熱がたまっていく。
 だめだと、そう思いながら、マイクロトフの手はそろそろとカミューのシャツを開いていた。
 露わになった白い肌に、眩暈を起こしそうになる。士官学校時代にはたまに目にすることもあったが、最近ではまったく見ることの叶わなくなったその素肌。
 相変わらず傷一つない綺麗な肌に、目も意識も完全に奪われた。
 触れてみる。
 生まれて初めて、他人の躰にそうした意志を持って触れた。
「……ん」
 突然の感触に、カミューの眉がわずかに寄せられた。
 一瞬ぎくりとして手を引きかけたが、カミューは目を覚ましたのではないらしい。そのままふたたび寝息を立て始めた人に、今度はもっと大胆に触れてみる。
 胸の飾りを、脇腹を、丹念に、熱心に手は行き来して、そのたびにカミューは微かに息を乱した。
 手だけでは足りなくなって、唇でもその肌を味わった。熱さと張りを持った肌は、夢の中では感じ取ることのできなかったもので、すぐにマイクロトフはその行為に夢中になってしまった。
 それでも、歯を立て、あるいは吸い上げて跡を残したりしない理性だけは消えずにあったが。
 眠る人の上半身をしっかり探索し、マイクロトフの手は次に下肢へとのびていた。
 さすがにこれ以上はまずいと、囁く声はあるのだが、どうにも自分を止めることができなかったのだ。
 自分と同じ造りを持つ躰である。どうやって追い上げればいいかはよくわかる。彼はカミューの顔を覗き込み、目覚める気配のないことを確認しながら、添わせた指を動かし始めた。
 次第にカミューの息が荒く乱れ始め、快楽を得ていることをマイクロトフに伝えてくる。そのことがいっそうマイクロトフを集中させた。
「………ぁ」
 やがて、微かな声を上げてカミューが達すると、背徳的な行為をしてしまったにも関わらず、マイクロトフはとても満ち足りた気持ちになった。
 満ちたのは気持ちだけではなかったため、カミューの躰を清めて衣服を整えたあと必要な処置があったが、愛する人の乱れを自分が引き出したことに対する喜びと興奮はなかなか醒めてはくれなかった。
 翌朝、目覚めたカミューが何か記憶していないかと冷や冷やしたが、幸いにもアルコールは完全にカミューの感覚を麻痺させていたらしく、いつも通りの挨拶を受け、マイクロトフは胸を撫で下ろした。



 何も記憶していない―――はずがないだろう。
 頬の引き攣りをどうにか隠しながら、カミューはにっこりといつもの笑顔を浮かべてみせた。
 大体、隠しごとが得意とは言えないマイクロトフである。ビクビクと様子を窺うような視線と、赤くなったままの顔を見れば、昨夜何があったかはある程度想像がつく。
 それでも、躰にさほど違和感があるわけではないし、痛みも特にない。
 人づてに聞いた話では、そうした行為には受け入れる側にとんでもない負担がかかるという話だったから、昨夜そうしたことが自分たちのあいだになかったことは確信できる。
 ただ、馴染みのある気だるさが、自分の身に起きたことを彼に教えていた。
 正直、意外だった。マイクロトフにそんな大胆さがあるとは思ってもいなかったからだ。
 それでも、自分に惚れている相手の前で無防備な姿を晒したのは己のミスであるし、正直なところ、された行為をさほど不快には感じなかった。
 これはちょっと自分でも意外な事実だった。
 マイクロトフの想いを受け入れるつもりはなかったはずなのに。そして同性に対する欲望を否定していたはずなのに、自分の躰を撫で回したのだろうマイクロトフを許しているのはなぜだろう。
 この四年間で、マイクロトフの気持ちが変化しなかったことも予想外だった。
 士官学校時代と違い、女性と交流を持つ機会は増えている。今更カミューを女の代わりにする必要はなく、またマイクロトフであれば相手を自由に選ぶことも可能だった。
 なのに、マイクロトフは女性を寄せつけず、ひたすらカミューに想いを向けているらしい。
 そしてこうした行為に及んだことでもわかるように、友情を錯覚しているのでもないようだ。じき二十歳を迎えようというのだ、今更なことだろう。
 だとすると、マイクロトフは本当にカミューのことを好きだということになるのだろうか。
 勘違いなどではなく?
 しかし、そう思うと、今までとはまた違った疑問が生まれてくる。
 ―――こいつ、もしかして男の方が好きなのか?
 あんまりといえばあんまりだが、やはりカミューには理解し難いのだ。なぜ、マイクロトフが同性である自分を好きになったのか。
 元々そうした性癖の持ち主であるのなら、いっそすっきり納得できる、そんな気がした。
 どうも、それがカミューであればこそ、男相手でありながらマイクロトフが惚れたのだとは、彼には考えられないようだ。
 ただ、そうであるのなら、それはそれでかまわないが、やはり応えるつもりはないカミューである。
 自分はマイクロトフに対して愛情を抱けない。純粋に感情面においても、肉体的な意味合いにおいても。
 誰が男なんぞ抱きたいと思うか。それにマイクロトフを相手にするとしたら、どう考えても自分が女性の立場に置かれるだろう。そんなことは断じて許容できない。
 だから、すまないが、何もなかったことにさせてもらおう。
 カミューのにっこり笑顔にはそうした裏があったのだ。
 それに気づかないマイクロトフをつくづく平和だと思いながら、カミューはマイクロトフを遠乗りに誘った。
 自分が眠っているあいだにいいようにされて、それを怒りもせずに、何もなかったことにして友人の顔で平気に会話ができる。
 そんな自分の心理が、とてもまともとは言い難いことに、しかしカミューはまったく気づいていなかった。




ヒ…ヒンシュクですか?