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ゾロは怒っていた。 それも、かなり根深く。 理不尽な怒りだということは自分でもわかっていた。だが、理性と感情では、やはりどうしても感情が勝ってしまう。 こんな風に彼を怒らせ、苛立ちを誘うのは、最近ではたった一人のことに限られていた。 黒ずくめのコックである。 ―――何で、俺のいないところで怪我なんかするんだよ。 それが怒りの理由。 実際、その怒りがかなり不当なものだと自覚はしているのだ。サンジだって、何も好きこのんで命に関わるような怪我をしてしまったわけではない。 だが、元々コックとして船に乗り込んできた彼が、当然のような顔で戦い、そして傷つくことは、生粋の戦闘要員であるゾロにとっては痛いことである。 それが自分自身と仲間を守るためなのだとしても、サンジの身が傷つくのは非常によろしくない。 しかもこの野郎、ルフィと一緒の時に気絶するような大怪我しやがって。 まあ、サンジとルフィのあいだに恋愛感情なんてものがないことは、ゾロも十分すぎるほど理解しているのだ。しかし、この天然二人がそろうと、何かとゾロの心臓に良くないことをやらかしてくれるのも事実なのである。 思い出しただけでも頬が引き攣りそうになる現場に何度出くわしたことか。そんな二人が雪山で二人きりであったことを、考えるだけでもゾロはむっとしてしまうのだ。 そんなことを知りもしないらしいサンジは、雪の桜を眺めて目を輝かせていた。 まあ、治療はうまくいったらしいし、特に動きにくそうにしているわけでもないし、それほど心配しなくてもいいのかもしれないと思いつつ、ゾロはサンジに酒をついでやった。 それでも容易には消えない怒りが、言葉に刺を与えてしまったらしい。 もっとつまみが欲しい。ごくごく正当なゾロの要求に、なぜかサンジは怒り出してしまったのである。 「俺を顎で使おうとはいい度胸だ」 別にそういう意味ではないだろうが。 そう思いながらも、ゾロもまた立ち上がっていた。やはり彼もまだ怒りが収まっていなかったので。 そうして始まった喧嘩は、しかし一方的にサンジが蹴りを繰り出すばかりだった。ゾロは防戦である。そんな彼に、サンジが切れたのはすぐのことだった。 「てめぇ、手ぇ抜くんじゃねえっ」 怒り心頭といった様子で叫ぶサンジに、気づいていたのかとゾロは驚いた。 ゾロの武器は刀である。それを手にすることもなく素手で応戦しているあたり、確かにゾロは本気ではなかった。 何しろ、一度目の蹴りでわかってしまったのである。見た目どれだけ回復したかに見えても、実際にはサンジの怪我が全快したわけではないのだと。 背骨をやられたのだと聞いた。そのせいだろう、蹴りにまったく速さも力もなかった。 だが、それを言ったらサンジは怒るだけだろう。だから、ゾロは適当に相手をしていたのである。それを見破ってサンジは怒ったわけだが、そんな彼の態度にまたゾロはムカっときた。 てめぇ、自分の状態わかってんのかよ。んなへろへろな蹴りしか出せねぇで、こんな、ちょっと動いたくらいで息切らせて、その状態で強がってんじゃねえよ。 思ったら、これまでの苛立ちやら何やらも一気に甦ってしまい、ゾロは不機嫌そうな目でサンジを睨んだ。 「…容赦しねぇでいいんだな?」 地を這うような声で問いかける。それでびびる相手ではなく、サンジはにやりと笑った。 「たりめぇだ、クソ野郎」 ―――上等だ。 胸の内で呟くゾロの目は、完全に据わっていた。 「―――なっ」 唐突に近くにあった腕を引く。重さのない躰は踏ん張ることもできず、簡単にゾロの腕の中に引き込まれた。 「……っ」 驚きに見開かれた青い目を見据えながら顎を掴み、ゾロはそのまま唇を合わせた。 びくりと跳ねた躰を囲い込み、じたばたともがく足を、躰を半転させ壁に押さえ込むことで封じる。 しばらく、サンジはゾロの腕の中でもがいていたが、やがてその躰からぐったりと力が抜けてしまった。 キスまでしかできなかった期間が長いので、それなりに技に磨きがかかっている。だから深く唇を合わせて舌を絡め取ると、大抵はこうしてサンジの躰は芯が抜けたようにへなへなとなってしまうのだ。 抱き合う時そのままの濃厚なキスに、サンジはやはり力なく壁に寄りかかった。 「…………信じらんねぇ」 十分にキスを堪能したあとで唇を外すと、サンジはそんな風に呟いた。 「容赦しねぇって言ったろうが」 ゾロが応えると、そういう意味じゃねぇだろうと、サンジはゾロを睨んできた。 「こんな場所で、するか、普通?」 声を怒らせてみても、熱に潤んだような瞳と、色づいた唇では迫力などあるはずはない。むしろ自分を煽るかのようなその表情に、やばいなとゾロは思う。 サンジにそんなつもりはまったくないのだということは知っている。だが、表情や仕種の一つ一つに誘われてしまう自分がいる。 何しろ、お預け期間が長かったもので。 そう、ゾロがリトルガーデンで足を怪我して以来、それが完治するまでは絶対にやらないと、サンジに言い渡されていたのである。 ―――てめぇはてめぇの理由で怪我をした。それをとやかく言う気はねえよ。その代わり、俺は俺の理由で怪我をしたてめぇとは寝ない。それだけだ。 文句あるかと言われ、ないと、ゾロは応じた。 応じる以外なかった。サンジはゾロの負傷を怒ってはいなかったが、彼なりに何か思うところはあったようなので、その意志は尊重したいと考えたのだ。 以来、サンジとはキス以上のことをしていなかった。 ゾロの怪我はようやく癒えたが、それとは入れ違いに、今度はサンジが大怪我をしてしまったわけで、やはり当分するわけにはいかないだろう。 ゾロの怒りの理由の一つがそこにある。もちろんサンジ自身を案じているのは確かだが、ゾロもまたかなり自分本位な男ではあったので。 「みんな、どんちゃん騒ぎの真っ最中だ。誰も見てねえ」 「そういう問題……」 ―――じゃねえ……という抗議は無視して、ふたたび噛みつくような勢いで唇を合わせる。 一瞬身を竦めたサンジは、しかし次にはゾロの頭に手を回し、自らも彼を求めるように抱きしめてきた。 「………まずいって」 何度も口づけを重ねる合間に、サンジが呟く。 「うるせえな」 聞く耳持たずで更に貪ろうとすると、 「やめろって。……まずいんだよ」 「何が。あいつらなら…」 「そうじゃなくて…」 かぶりを振るサンジの言葉は弱い。彼はやや不機嫌そうな顔でゾロを睨み上げ、そしてこう続けた。 「これ以上のことがしたくなる」 ―――う……。 思わぬ爆弾投下に、ゾロは固まった。 「さすがに今夜は無理だしなぁ。だからこれ以上煽るなって言ってんだよ、クソ野郎」 わかったかと言われ、しかしゾロは答えることができない。 おまえこそ、何つー煽り文句を口にするんだよっ。 「………ゾ…ゾロっ?」 ぐいと腕を引かれ、サンジが驚きの声を上げる。それにかまわず、ゾロは細い躰を肩に担ぎ上げると、そのまま倉庫に続くドアを開けた。 「おい…ゾロっ…てめ…何考えてんだよっ」 慌てるサンジをそのまま運び、彼は船室に下りていった。そこでようやくサンジを下ろし、以前と同じように床に寝床を作ってやる。 「………おい?」 サンジの頬が引き攣った。 「まさかおまえ、やる気じゃ…」 「馬鹿野郎」 最後まで言わせずに遮る。 したい気持ちはどうしようもなく高まっているのである。そんなところに、そんな怯えたような表情を見せるんじゃない。本当に襲いたくなるだろうが。 「怪我した人間どうこうしようってほど切羽詰まっちゃいねーよ」 大嘘であるが、ここは一つ、男気を見せたいゾロである。 「いいから、早く寝ろ」 「…ゾロ?」 「ゆっくり寝て、早く怪我治せ」 寝床を指しながらそう言うと、サンジは呆気にとられたような表情になり、そのあとニヤリと笑ってみせた。 「おーお、強がりやがって」 ―――バレバレか。 だが、サンジの身を気遣う気持ちは本当である。サンジもそれを知っているのだろう、大人しく服を脱いで寝床に潜り込んだ。 「……完治したら、今度こそ容赦しねぇからな」 覚悟しておけよと恫喝すると、 「上等だ。てめぇこそ、覚悟しておけ」 強気な発言を返してくる。 その科白、忘れるなよと脅しをかけて、ゾロはもう一度、今度は触れるだけのキスをした。 それを受け取り、サンジが嬉しそうに微笑う。 くすぐったそうに、でも幸せそうに微笑う。 彼の口から寝息が洩れ出したのはそれからすぐのことだった。やはり、相当無理をしていたのだろう。 「………本当に、早いところ全快してくれ」 そう長くは俺の理性も保たねぇぞと、一人呟くゾロは、それでもようやくサンジが近くに戻ってきたことに、胸の奥にあたたかく灯るものを感じていた。 離ればなれはいただけない。 それを実感した、今回の冬島での事件であった。 例の喧嘩のあとに何があったのか…というより、タイトル通り、何で喧嘩になったのかになっちゃいましたが…。 |